宮崎駿監督,2008,『崖の上のポニョ』(脚本・原作:宮崎駿,音楽:久石譲,日本,カラー)

を観た.新宿ピカデリー.大いに慰撫された.CMで既に何度も見ていて,お,これは,と思わざるを得ず,また全編通して見終わってもやはり心に残るのは,「ポニョ,そうすけ好き」というセリフであって,あなたがもし名前と共に好きとか大好きとかいうことを,何の衒いもなく言ったことあるいは言われたことがないのであれば,そういう状況に身を置くことが出来るように即刻粉骨砕身した方がよろしいかと思うが,たとえそういったことに関して身に覚えがあるにしろ,それが特定の誰かの記憶に固着している限りは,それを抽象化して引き剥がすことにもまた即刻挑むべきであると思われるのは,そんな事柄は誰の独占にも甘んじるべきではないからであるし,だいいち,その特定の誰かをあなたが独占しているという妄想も,いささか冗長で陳腐であるからだ.それにしても日本語において助詞を抜いて「そうすけ好き」とか言うと,レトリックとしては,幼さや素朴さという効果をもたらす(一人称が自分の名前であることも同様だ)が,ポニョはあたかも幼児のようなキスを劇中で何度かするのであって(そして絵としては限りなく奈良美智に似ているのだが,まあこれはまた別の話だ,というか,この類似は,ポニョを理解することにではなく,奈良美智を理解することに資するところが大きい),好きという言明もキスも,全く同様に幼児のスタイルでなされ,そこに多幸感がある.幼児がキスを覚えない国で,この像は虚焦点に結ばれるが,多くの場合同様この場合も,虚像と実像の区別は本質的ではない.それが愛とか,孤独じゃないことの方に行くといい.