『夢十夜 海賊版』(吉祥寺バウスシアター)

を観に行った.ひどい!最悪.ぐちゃぐちゃじゃないか.自分は縁故びいきをすることなどについてはやぶさかではない方ではあるのだが,縁故びいきでも何でもなく,船曳真珠監督の「第五夜」はその中で唯一大丈夫だった.そして大丈夫なだけではなく,よかった,とさえ思う.それは正しいモンタージュであり正しい映像の詩学であったからだ.他の監督は(ぎりぎり大丈夫だったかも知れない「第十夜」をのぞいて)モンタージュが,カット割りが,あまりにひどすぎる.しゃっくりしてびっこをひくような,あまりに無自覚な!小説家が文章に無頓着みたいなもので,映画監督がカット割りぐだぐだでどうするのだ.そして,カットとカットがつなぎ合わされるという映画のメディアとしての特質から生まれる詩的効果についても,まったく無頓着だ.また物語のモチーフや内容についても,ほとんど考えられないくらいナイーヴなものがあり,笑っていいものかどうか迷った.あとは,東京で映画を撮ることの難しさを思った.渋谷のスクランブル交差点を使う痛々しさは言わずもがなだが,それにしたって知っている場所が多すぎる.その点真珠さんの作品の,東京を知らない場所に仕立てるその仕立てのうまさには舌を巻いた.