『9月文楽公演』(国立劇場小劇場)

を観に行った.「近頃河原の達引」「五世豊松清十郎襲名披露口上」「本朝廿四孝」の第一部.「近頃河原の達引」は作品としての結構が本当に素晴らしく,何とも言い様のない理想的な作品である.義太夫,三味線,人形遣いの布陣もいずれも豪華で,これ以上は考えられない.「堀川猿廻しの段」では,これから心中しようとする妹とその恋人のために,猿回しである兄は,猿たちに,この上なくめでたくしかも滑稽に舞わせるのである.最後の道行の部分は上演されなかったので,幕切れに破壊力のあるカタルシスがもたらされるわけではないが,それがまたじんわりとよい.次の襲名披露の口上というものは初めて見たが,これがまた最上の晴れがましさがあり,めでたい.この口上の暖かいめでたさの背景には,先の猿回しの「〽お猿はめでたやめでたやなア」の透き通った哀切が残響となり,しみじみする.そしてその襲名披露狂言となる「本朝廿四孝」では,心理的葛藤はやや後景に退き,むしろ狐の表現をはじめとした,襲名披露としての側面が強く出て,よい.このような舞台が一年に一度でもあればそれは勿怪の幸いだ.「感動したい」「衝撃を受けたい」という安直で下品な欲動(もちろんこれが悪いものかどうかは分からないが)からは離れたところで,こういう上演に出会うために舞台に通うのである.余りの素晴らしさに前夜のモヒート,ゴッドファーザー,マンハッタン,ウォッカマティーニ,ビールがいつの間にか消えていた.