Barthes, R., 1977, FRAGMENTS D'UN DISCOURS AMOUREUX, Paris: Éditions du Seuil.(=三好郁朗訳,1980,『恋愛のディスクール・断章』みすず書房.)

読了.あまりに素晴らしく,思わず引用したくなってしまう短い言葉も多くて,読み進めるのがもったいないからちびちびと読んでいた.しかし,前半を読んでいた半年くらい前には一ページ読むのにもなみだなみだであったのが,最近は別にどうということもなくするすると読めた.何と言っても素晴らしいのは,自分の仕事が壮大な当てこすりであることを堂々と書いてしまうところだ(当てこすりを「これは当てこすりです」と表明する,少なくともこの一点においては,「当てこすり」性は減じられていると言えるが).

わたしが恋愛関係についてディスクールを展開するのは,そもそもの最初はあの人のためである.しかし,たとえば友人に打ち明け話をする場合でも同じことが起るであろう.そのときわたしは,あなたからあの人へ移行しているのだ.さらに,あの人から一般的なひとへの移行が起るだろう.恋愛についての抽象的ディスクール,事物一般についての哲学がねり上げられるのだ.それは,要するに,一般論を装った口説きにほかなるまい.そこから逆に考えると,愛を対象にした一般的議論には(いかほど超然としたものでも),すべて,ひそかな対象指定が含まれてくるのは避けがたいと言えるだろう(わたしは,諸君が知らないにしても,わたしのこの箴言の向う側にたしかに存在している人に向って語りかけているのだ).(110)