阿部和重,2003,『シンセミア 下』朝日新聞社

(上の続き)分節化されずに,鈍く受け止めていたら,こんなに喰らわなかっただろう.今となっては,そのことばかりを思うが,問題なのは,喰らってしまったあとの自分のことであり,こうやってまた何ものかに対する復讐心が補充されていく.正確には,ダメージを復讐心に変換することによって,精神は安定し,活動的でエネルギッシュな人間になれるというわけだ.いつだって自分はそのようにしてきたのだということを,今更ながらに思い至り,それは,登場人物のひとりが男を撲殺するのとまったく同じ機制なのであろう.今これを書くまで,ダメージを復讐にすり替えるというテクノロジーに無自覚にいたが,今やすでにその逃げ道を見つけたことに感謝している.その逃げ道によって,時代や,世界を,愛せるようになるわけだ.