好井裕明・山田富秋・西阪仰編,1999,『会話分析への招待』世界思想社

読了。うーむ。いまさら招待されても困るのだが、しかし何だ、こういうタイトルはどうにかならないものだろうか。まぁそんなことはどうでもよくて、あとこの本とも関係があるようなないような感じなのだが、以前から興味があるのは「売り言葉に買い言葉」みたいなことだ。言葉が自走しはじめる瞬間と言うのがあって、どうも人間が言葉を使うと言うよりは言葉に使われているとしか思えない瞬間がある。売り言葉に買い言葉で言ってしまった内容に、感情なり考えなりが本当にひっぱられてしまうことがあるからだ。これはそういう感情的に突発的な(だからつまりたとえば「ついかっとなって」言ってしまうとかいう)場合に限定されず、意識レベルの比較的高い状態での発話にもあてはまると思うのだ。本当はもっとシンプルにハッピーでいいはずのことが、自走する言葉に乗せられて遠くに連れ去られてしまうことがある。さらに言えば、それは同様に言葉で簡単に取りもどすことが出来ることなのである。どんどん取りもどせばいい。「いまさら」なんていう言葉に惑わされてはいけないのである。